丙事故報告

 ちょっとしたことでまたケンカになりました
 無神経に二人を切り裂いていったメッセージ
 その送り主は私のファンだと言いました
 私はファンを失うのが怖いからと
 ひどいことを言われても我慢してきました
 でもあまりにもあまりにもひどすぎて
 一緒に切り裂かれた彼女は寝込みました。
 
 私眠ることも休むこともできずに
 液晶に映る刃をただ見つめていました
 自信なんかはじめから少しもない
 寿命だけを擦り減らして描いてきたことが
 なんで商品性とか客先の仕様とかに斬られて
 生活のためにこう描けというのなら
 あなたがそれをやればいいじゃないかと思いました
 いつから自分を描くことに免許が必要になったのかと
 真剣に悩みながら夜は更けます。
 
 作家でもなく編集者でもなく単なる普通の人が
 いつのまにか自信たっぷりにこう描けと言うようになりました
 私高卒だからSFは分からないですと
 一歩下がればみんな前に出て私を踏み荒らして
 大学ってそういう人を踏み殺す免許が得られるところなんでしょうね
 だから今日もみんな受験するんでしょう
 どんな小さなものでも大卒印のマークがないと
 何を書いても何の価値もないのが今の世の中です
 
 大学の教授たちと話し合うこともあります
 自分を世に問うて勝負して9年目
 ほとんどの教授はその旅の苦しさを解ってくれます
 でもその教授たちの学生たちは
 なぜか教授たちよりもモノスゴク自信たっぷりで
 その自信がなぜ就職面接で出ないのかと
 不思議に思いますが弱い立場の私は
 ただ一方的にずたずたにされていくだけです。
 
 でもそういえば一人教授でいたな世の中の仕組みが
 わかっていないUCLA卒のメディア論教授
 現実に夢のためにお金をやりとりする
 ことなんか分からないんだろうなと思ったけれど
 夢に向かって人を動かす苦しさはUCLAのカリキュラムには
 なかったんでしょうきっとそれよりもそんな人に身を晒した
 一番のバカは私です
 
 自己顕示欲と描きたい人を笑う作家の
 ホームページには自費出版の会社のバナー広告
 自分が自己顕示欲まみれだというのに
 そんな自分の恥を切り売りしてとった文学賞
 それだけ偉いんでしょうきっと仕事たっぷりあるそうですから
 作家よりも評論家が儲かる時代です
 描きたいことを世に問うなんてもう昔の話です

 また別の作家は読者はバカだと言いながら
 水増しした原稿を売って生活しています
 人には水増ししたと言うけれど、自分の水増しには気付かない
 そんな人のほうが売れていることになっているらしいけれど
 泣き言も恨み言も言いたくありませんただ
 あの優しい知性の目を信じて、自分を追い込んできた9年間でした

 別の人から子供の写真がメールで送られてきたんです。
 こんな子供がいるうちも、こんな悲しい夜があるのかもねと言ったんです。
 その家はそれが毎日だと言われました。
 旦那さんが暴力症だというのです。
 金持ちと結婚できて良かったと思ったのに、と言いました。
 私にはお金もありません。
 ただ優しくしてあげたいと思います。
 でも優しさは時に一番冷たいことだったりします。
 私は悲しいけれど神さまにはなれません。
 
 神さまでなくてもいいから、優しい亭主でいたいと思います。
 でも脅されて優しくするのなら、神さまどころか奴隷なだけ。
 嫌いになりそうと言われてしまって、私ただうろたえました
 せっかく時間を作った楽しい昼食でさえも
 バッサリと切り裂かれて私はどうしようもなくて
 そう思って思い切って言ったんです。
 1万3千円の電話機が壊れました。
 
 もうクニに帰るかと、何度か聞きました。
 帰る場所なんか、もう二人にはないと分かっていたんです。
 それでも二人でやっていこうよと何度も、何度も、繰り返して、
 励ましてもどんどん暗くなるばかりです。
 もう元の二人には戻れないねと、
 言われて私怖くなって、
 今のあなたが怖い人と言われて、
 二人でやっていくのに当たり前のミスに厳しくなれないなんて
 これじゃ二人は30近くでも単なる子供です。

 それでもバカな自分だけど彼女が好きなんです
 二人を無神経に切り裂いていった人から彼女にメールが届きました
 リンク解除だそうです
 黙ってゴミ箱に捨てました。
 
 何かを作りたいからと、今も液晶に向かいます
 でももう私悲しくて怖すぎて、混濁して何も書けません
 それでも描かなければ二人は暮らせないと力任せに
 目一杯の赤信号でもアクセルを踏みます
 いつか私を狂気という巨大な鋏が
 断ち裂いていくでしょうきっと最後に
 それでも彼女が好きなんです。
 今その刃が闇に輝きました。
 私はもう長くないでしょう。
 
 あの日始まった長い旅はまだ続いています
 頼りにしていた彼女からは怖がられて
 彼女のために稼いできたのはいったい何だったのかと
 聞きたくなるけれど悲しくて聞けません
 私がいなくなったらいいのにねと
 そんなことが言えるあなたが羨ましいのです。
 もう何もなくなったけれど
 あなたには何もないかも知れないけれど
 私は今日もあなたを背負っていかなきゃいけない。
 好きでやっていることだから仕方がないけれど
 私は悲しいけれどそれしかできないんです。
 
 魂の自由を求めて始めた旅だけど
 今の私に自由なんかありません。
 
 世の中では勝ち組とか負け犬とか
 言ってみんな貴重な時間を潰しています
 二人にとって大事なことはそんな事じゃなく
 苦しくてもいっしょに助け合うことだと
 そうおもっているけど美味しい結婚ばかり宣伝されます
 出会い系とかお見合い会社とか
 カツラとか包茎治療とかサラ金のCFばかり流れる
 そんなメディアの中に私は刹那の息をしています

 長い夜が明けて彼女がもうすぐ目覚めます。
 朝まで流し続けたこの涙をしっかり隠して、
 それでも優しくおはようを言ってあげようと思ってます。