わかりにくさ

 最近、世論を二分するような問題について、ウェブでまとめたり、意見を表明することに面白さを見いだせなくなった。
 いや、私の中には選択がある。
 ただ、それを分かりやすく伝えるというとき、そもそも世の中って分かりやすいものだったっけ、という疑問が発動してしまう。
 ロボットの記号着地問題のように、感覚と意味は一対一対応しないのに、いつの間にか人々は洞察力なんて尺度を持ち出した。一を聞いて十を知るとはいいように言われるけど、それは裏を返せば針小棒大だし、その間にあるのは世間がどう支持するかなんて得体の知れないものに頼り、怯えなくてはならなくなる。
 たとえば殿下が今回の北朝鮮シルクワームの発射について日本政府はもっと抗議すべきだのようなことを言う。いや、そういう意見は別に存在しても不思議ではない。むしろ弾道ミサイル撃たれてるのに『一発なら誤射』と書いてしまった新聞があるぐらいだから、もっとシビアに見た方が良いかもしれない。言う分には自由だし、言った方が良いと思う。
 だが、殿下たちは忘れてはいないだろうか。今、拉致された人たちは北朝鮮という犯罪国家に人質として取られているのだ。慎重に追いつめていかないと、『死んでるって言っていたニダ』と今生きている人たちも帳尻あわせに殺しかねない。
 それぐらい信用のならない連中だと思わなくてはと思うのだが。
 法治主義は大事だが、現状の世界は無法です。EUだって、アメリカの後をねらってガリレオを打ち上げ、中国と日本両方に武器を売りたがっているし。
 シルクワームは軍事板FAQでもご覧になれば明らかだと思う。現在ではほとんどロケット花火に毛が生えたようなものである。
 ルールは大事だ。そうでしょう。枠組みの中で解決したい。いやそう願ってますよ。
 でも、現実には北朝鮮に韓国はあきれるようなシンパシーを抱いているし、中国も北朝鮮問題を使えば日本が動揺すると思って煽っている。アメリカも打算で、中東問題をどう手を入れるか迷っていて極東には手を出したくない。ロシアは金のあるほうに着きたいと思っている。
 こうなると、日本のできることは、よほど慎重に手を回していかないと、人質問題として最悪の結果もあり得る。
 まあ、それでも日本はきっちり抗議した方が良いと思いますけど。ここらへんが国家の運営という問題だと思う。
 国家というものは、もともとわかりにくい。
 だからこそ、総理にも議員にも莫大な資金を払って、代行してもらっている。

 ウェブ談義というのはそれ自身はそんなもんだと思っているけれど、でも私は自分を持っているし、それで勝負している以上、勝負していない連中にとやかく言われたって知らない。知ったことか。

 『ぱぱ電』テスト終了。若干弱い点が後から思いつくが、修正した。伏線の用意と始末について、今回かなり留意した。ユキさんの作業も順調なものだった。さて、これをどこに提案するか。