塊魂/namco 現在13.3cm

 ユキさんがいつかやりたいと言っていたので、ついに中古で購入。
 しかしよくできているなあ。無駄な分岐なんか無いし、ゲームの操作も単純、というか懐かしの『メタルスレッド』namcoを思い出しちゃったよ。ゲームもオープニングから、少ないテキスト量で世界を構築し、そしてゲームへ誘う流れが洗練されている。
 ロード時間も楽しませてくれるし、購入1日目で既にごちそうさま。でも2日、3日とやっていこうと思えるこの良い意味での緩さがとてもいい。
 まだ13.3cmという段階だけど、これがすでに気持ちいいんだわ。ふさみかんとかクッキーの重なっているのとか一気に取ると、すごく快感。ゴロンゴロンと転がすのもそれだけですでに楽しい。たしかにゲームアワードの価値あるよ。プレイとしてはアナログスティックをソフトに使うのが大事だな。
 でも、ゲームアワードも、だんだんねー。
 もう大作ゲームはおなか一杯。壮大な世界観ももういい。ちょっとの気持ちで初めてハマルというのが大事なんだけど。でも、ゲームは試聴もできないわけで、結局ウェブとかの前人気で買って、ダメだったら中古に売り飛ばすという購買サイクルなんだろうな。
 そういう意味だと、アーケードゲーム、つまりゲーセンのゲームって大事だったなと思う。あれは昔はお試しプレイの意味があった。『ヴォルフィード』『電車でGO!』TAITOはゲーセンで楽しかったから買ったんだし。あのころは家で頑張って練習し、ゲーセンで披露というサイクルもあったよなあ。
 そう考えると、今は寂しいゲームの楽しみしかできないんじゃないかと思ったり。『君は一人じゃない』なんて歌うゲームもあったけど、結局遊んでいるのは一人だよっ! ちくしょう! みたいな。
 容赦なく言うと、ゲームってパラメーター稼ぎとフラグ立てがあるだけで、根本的なところはテキストのシナリオなんだよね。で、分岐がある場合は分岐分をライターが書く。
 全ての可能性をライターが書いて用意しているわけで、スタンドアローン機のゲームはどんなものがあっても、所詮はあらかじめ用意されているだけで、で、下手なゲームになるとテキスト量ばかり増えて面倒になる。コンピュータの画面で読むのだったらテキストエディタとかブラウザとかあるんだし、それだったら自由に前後を見られるのに、ゲームではそれがない。不便。
 でもMMO、オンラインゲームではまたゲームバランスを考えるのがモノスゴク難しい。特にどんな有象無象がやるか分からない。そういうのを排除しようとするととてつもなく労力が掛かる。
 ゲームって難しい。でも、そのなかで塊魂はそのシナリオの作り込みの部分を緩くし、操作して、転がして、くっついて、というところに主眼がいっているのがとてもいい。