朝の風景

 いつもユキさんを『運転気を付けてね』と送り出すのだが、今朝は『行ってらっしゃいませ、お嬢様』とメイド喫茶ごっこをした。
 なにしろ私には『オルちゃん』と呼んでいる女の子が住んでいるのである。時々男性にはない器官の感触がしたり、男性が体験し得ない心境になったりする。
 それはそれでやっぱりこういう創作職では自由自在に人格をエミュせねばならないので仕方がないと思う。
 が、しかしそういうなかで一番大変なのは男性でありながら女性の体感覚を模擬することよりも、素の私を模擬するのが一番難しいと思った。
 私はいわゆる仮面をかぶって暮らしている。だんなさんの顔をしているときもあるし、子供の顔、大人の顔、カレシの顔と演じている。
 外に出している顔だから、内側から考えれば、どこがどう出っ張って引っ込んでいるかは分かる。
 しかし、今やっている作品はそれが全く通用しない。
 きっついわー。
 ユキさんも実家母も『やめたほうがいいよ』とここ数日の窮状を見かねて言う。
 なにしろ陰性症状を書こうとすると、本当に陰性症状になってしまう。でも本当にそのシーンを書くにはその症状寸前で復帰して書かねばならないのだ。きっつい。
 自殺寸前のシーンを書こうとしたら、脳内のパーティションが壊れてマジ言って自殺しそうになるし。だって本当に行く先真っ暗なんだもの。何気なくユキさんが料理をしている包丁とか、クローゼットにぶら下がっているベルトとか(これではできないのだけれど)、それとかプリンタケーブルとかが目に入ると頭の中で連鎖反応が始まってしまう。
 で、今朝、このままではいけないと戦線を立て直そうかと考える。
 まだこの話をするには私が未熟なのだろうか。